A Dream Come True (Japanese) PDF Print E-mail
Thursday, 14 January 2010

1953年頃、私たちの唯一の灯は、家でたった一つの電化製品、20ワットの電球でした。両親は他の4世帯と一緒にアパートを借りていたため、部屋には窓一つ無かったのです。

ラジオはありましたが、ラジオ・ラジフュージョンというダイヤル放送局を聞いていたので、電気を引く必要はありませんでした。ケーブルとスピーカーを繋げば、一ヶ月2香港ドル(1家族当たり50セント)で京劇やカンフー劇を楽しめたのです。大人8人、子供10人からなる4家族にとって、そんなに悪い暮らしではありませんでした。

image001.jpg

 

 

 

昔の暮らしとはそのようなものでした。しかし、率直に言うと、私たちの貧窮した生活は他の家族に比べ、良い方であったと言えます。他の貧しい家庭は、電気も水も通らない丘の上に家を建てざるをえませんでした。ロウソクやオイルランプを使って宿題をしなくてはならない時は、とても危なっかしかったのです。毎年夏に来る台風のシーズンもまた、人々を悩ませました。1960年6月の台風マリーは、数々の小屋、船を吹き飛ばし、多数の死者をもたらしたのでした。

image002.jpg

 

 

 


昔は、貧しいが故に、丘の上に家を建てなければなりませんでしたが、現在では、不思議な事に、丘の上は高級住宅地であり、セレブリティーや国のトップの人々が住む場所となっていますそれほど豊かな時代ではありませんでしたが、当時の人々の憧れは、香港島の西部唯一のフォトスタジオで写真を撮ってもらう事でした。幸運にも、私達は当時一般的だった白黒写真の代わりに、カラーで家族写真を撮る事が出来ました。説明しておくと、当時のカラー写真は、初めに、普通の白黒写真のように撮影し、その後にカメラマンが筆と絵の具を使って写真に色を加えるものでした。丁寧に筆を入れることで、私達の青白い頬は綺麗なピンク色に、母の薄い唇は鮮やかな緋色に変わったのです。カラー写真が普及するまで、この方法は写真屋によって提供された巧みな芸術的な技でした。

 

image003.jpg

 

 

 

 

 

私と木馬が写っている写真は、「いつか、本当の馬に乗りたい。」という私の幼い頃の夢を物語っています。毎年開催されるエリザベス女王の誕生日パレードは、制服に身を固め、馬にまたがった兵士や、ロバの運送隊のとりこだった私の馬への好奇心をさらにかき立てました。

 

時は変わって1990年シンガポール。私は毎日、トンプソン・ロードを走る166番バスに乗っていました。この2階建てバスの上の階に乗れば、シンガポール・ポロ・クラブにいる馬達を目にすることが出来ます。バスに乗っていたその時、小さい頃、夢に見た情景が胸にこみ上げ、私の馬への想いは再び蘇えるのでありました。

 

1999年、シンガポール・ポロ・クラブで乗馬のレッスンを始めた時、私は、あの頃の嬉しさと、満足感で一杯の“小さな子供”だった。そして今日、昔の日々、そして、あのパレードの時の少年がよくもここまで来たものだと、想いかえしております。

 

香港からシンガポールに移住してから、Capt Thomas Youngさんはもうこの陽気な島国に15年間過ごしました。シンガポール・ポロ・クラブと障害者乗馬協会(Riding for Disabled Association)の活動に参加することにより、彼の夢はやっと叶いました。Youngさんはシンガポール・ポニー・クラブの実行委員としても活躍し、子供たちの乗馬に対する夢を実現するための活動をしています。

 

筆者の連絡先は This email address is being protected from spam bots, you need Javascript enabled to view it です。

 
 

All Rights Reserved 2006 ®

Capitano